2016年11月11日金曜日

今更ながら倉吉の事

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2019年5月 追記
この記事は2016年に書かれたものです。2019年現在、松井酒造ではポットスチルで地ウイスキー「松井」の生産を行っています。そちらを飲む機会があれば改めて記事をまとめたいと思っています。

2019年7月 追記
昨年の記事ですが、英語でもこの件についてまとめているサイトがありましたね。
少しずつこの問題に関する認知が広がって、ジャパニーズウイスキーの定義を法的に見直すキッカケになって欲しいところです。
●MATSUI SHUZO AND THE PHANTOM KURAYOSHI DISTILLERY
https://www.nomunication.jp/2018/12/14/matsui-shuzo-and-the-phantom-kurayoshi-distillery/
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少し前の倉吉市での地震の際にネットで少し話題になっていた、倉吉蒸留所の事について色々と思う所をつらつらと。


こういうブログをご覧になる方は、恐らくご存じかとは思うのですが、最近ネットを中心に騒がれた一件に倉吉蒸留所の事がありました。

ご存じの無い方の為にサラッとまとめると、鳥取県の倉吉市にある松井酒造が倉吉蒸留所として「倉吉」という名前のウィスキーを販売。そのラベルは山崎をインスパイア?したような、いかにもジャパニーズしてますって感じのラベルだったので、「たまにニッカがやってる地域限定製品」だとか「山崎そっくりなのでサントリーの新製品と勘違いした」といった話がチラホラと出てきまして、このウィスキーは何ぞや?と言う訳で有志の方々が調べ始めた訳ですね。

その結果、同社は平成27年にウィスキーの免許を取得、蒸留所と名乗っているもののウィスキーの蒸留器も無く、自社でウィスキーを一切作っていない事が分かりました。つまり倉吉は全てスコットランドや国内業者から買い付けたバルクウィスキーだけで制作されている訳です。

ひいき目に見てもラベルはジャパニーズウィスキーにしか見えませんが、中身の多くはそっくり安く買い叩いたバルクウィスキー。それを自社の樽にわずかばかりの期間寝かせ、「倉吉XX年」などと言う名前で売っている事が分かったわけです。そこで、消費者達がこれは問題ではないのか、商品偽装ではないのか?と騒ぎ始めた訳です。

そんな状況下にも関わらず、松井酒造側は「日本の方々は ウイスキーについて、うんちくを言われる方が たくさんいますが、メーカーは 大変迷惑な時もあります。自由に言うのは良いですが もっとわかった上で話すことが重要だと私個人は思います」なんて声明文を出してしまったのでネットで大炎上。完全にヒール扱いとなってしまった訳ですね。

この対応は明らかな悪手だったとは思うのですが、個人的にはこの一件は色々と考えさせられました。

一体何が、本当の所の問題だったのでしょう?

まず、この件に関して松井酒造は法に触れているのでしょうか?

イギリスでは樽の中で最低でも3年熟成させなければウィスキーと名乗れませんが、日本ではそのようなルールはありません。よって、倉吉がしたように若い原酒を買いつけて、日本で樽熟成させ、ウィスキーとして売る事は何ら違法ではありません。

当然、法に触れなければ何やっても良いという訳ではありませんが、他社から買い付けた原酒をバッティングさせて熟成させて売るという手法は、いわゆるボトラーズのそれと同じな訳で、手法としても問題は無いはずです。

ラベル表記がジャパニーズウィスキーと混同しやすいという事も指摘されていましたが、そもそもジャパニーズウィスキーというものの定義が曖昧です。法的な規定が本場イギリスなどと比べると緩過ぎる為、日本ではウィスキーと表記する事に日本で蒸留したものかどうかといった事はそもそもの規定がありません。

それではバルクのスコッチだからという事が問題なのでしょうか?
実はバルクスコッチをヴァッティングして売っているのは他のメーカーもやっている事なのだそうです。この事は80年代の洋酒関連の本にも載っていた事なのですが、今回の事件で最近も普通に行われているという発言がチラホラ出てきて、より浮彫りになったのは個人的には印象的でした。

新気鋭の某蒸留所もそうなのか!といった話も。
もちろん、そういう所は自社でウィスキーを作っています。そういう所と倉吉を比べるのは不適切だ、と言う話もあるかもしれません。しかし、(ネットの話が本当なら)やっている事は同じです。

ですが、ネットでそちらが叩かれる様子はありません。噂をハッキリと暴こうという動きもありません。倉吉だけが悪者です。何故でしょうか。


あくまで個人的な印象ですが、今回の問題が起きた理由として以下の3点が挙げられると思います。

①日本の消費者には「ジャパニーズウィスキーは日本で作ったものでなければならない」という意識がある
②日本の消費者には「ジャパニーズウィスキーはラベルを見てそれだと明確に分かる形であるべき」という意識がある
③日本の消費者には「金儲けを企業の第一目的にしてはいけない」という意識がある


まず①と②については倉吉問題の一番の錯誤だったと感じます。
日本のウィスキーのように見えるから問題だと感じるのは、日本のウィスキーは日本で作られたものであるべきだと思っているからでしょうし、そう見えなかったからです。しかし実際には法の規制がありません。(注1)

そして③に関しては、これが今回、同じように海外バルクが使われた製品を作っているのではないかといった某蒸留所に対してバッシングが少なかった理由だと思います。
消費者の心のどこかで「ちゃんとしたウィスキーを作る上での資金作りとして仕方が無いのだ」と言う意識があった。それは「金儲けが第一ではないと思う」という消費者から生産者に対する一定の信頼や理解の表れだったと感じます。


そんな訳で、消費者と販売者の相互理解のズレが今回の問題だと思うのですが、私がこの問題で、倉吉だけを悪者にはしない方が良いと感じているのは、日本でウィスキー業界に乗り出そうとしている蒸留所が現れた昨今において、同様の手法で資金集めをしようとしていた所も恐らくあっただろうし、そう言った所が二の足を踏むような事になったら良くないと感じているからです。
いくら上記の③に書いたように、消費者が生産者に対して一定の理解があったとしても、やってることは同じなのですから、そういったところは恐らく今回の事件を見て「うちに飛び火しないでほしい」と固唾を飲んで成り行きを見守っていたところもあったのではないでしょうか。


そういったことも含め、一番の問題は日本のウィスキーに対する定義が曖昧だった事ではないかと感じます。もう少し厳格な基準を法律で規制していればこういう問題は起きなかったのではないかと感じます。もちろん、ジャパニーズウィスキーの特徴はこの法律の規制の緩さが、味を作っている側面もあるとは思います。ただそれでも、もう少し厳格にするべきではないかなぁと。今回の倉吉の一件を見る限り、そう感じました。

ちょうど、日本酒に関して海外でのクラフト日本酒の案件が活発になってきてますから、日本酒の表記を厳格化するべきではないかといった話も出てきています。この機に日本のウィスキー表記も明確化に進む気運が高まってくれたら良いなぁと思います。
●イギリス産日本酒で挑む
http://www3.nhk.or.jp/news/business_tokushu/2016_0825.html


そんな訳で一消費者として、この問題は「倉吉が悪い」ではなく、「日本の法律が悪い」と言うべき問題だと思うのです。そうした方が、新規の蒸留所なども安心して商品を売る事が出来るし、消費者も安心して買う事が出来る、自分にはそう思えます。







注1)
正確に言えば、景品表示法に基づいた公正競争規約と呼ばれるルールではウィスキーの表示に関して色々なルールを規定していて、その中で以下のように明記されているものがあります。

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(5)輸入品でないものを輸入品であるかのよう に、又は輸入品を輸入品でないかのように誤認されるおそれがある表示 

(5)規約第6条第5号の表示については、国内で製造したウイスキーを、輸入ウイスキーの単なる割水若しくは小分けのための詰め替えであるかのように誤認されるおそれがある表示又は輸入ウイスキーの単なる割水若しくは小分けだけの詰め替え品を、あたかも国内産のものであるかのように誤認されるおそれがある表示をすること。

http://www.jfftc.org/rule_kiyaku/pdf_kiyaku_hyouji/040.pdf

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ただ、これは酒類の関連団体に対する自主規制のルールみたいです。
リンク先を読めば分かりますが、ウィスキーの年数表記ですら日本では自主規制なんですね。まぁ、一応、違反者には団体側から消費者庁と連携して処罰できるようにはなっているので、それなりに強制力はありそうですし、何より現代の情報化社会でブランドイメージが急落するような下手な嘘はしないと思いますけどね。

今回の場合では単に海外産をそのままラベル張り替えて日本産として売るのがダメと言われているだけなので、倉吉の場合は日本産モルトを加えて売っている訳なので恐らくこの規制には引っかからないでしょう。というか分かった上で、この規制に引っかからない程度に日本産を加えてたのだと思います。

14 件のコメント:

  1. 個人的に、やっぱり倉吉ウィスキーが悪いと思います。
    若い原酒をかき集めて、僅かな期間で寝かして、一般人レベルのブレンドでできたものを、
    あの有名ブランドと似たようなラベルで、似たような値段で売るのは、明らかに悪意を感じます。
    利益を重視してもいいですが、バッタもんでぼったくりはダメでしょう。この品質と味で。
    もし1000円台、百歩引いて2000円台で売っていたなら、こんなに非難されることもなかったのでは、と思います。

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    1. dcdcさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

      自分もお気持ちは良く分かります。
      以前記事に載せたヤスブンさんの「鷹」なんかはそうですが、「日本人向けに作ったスコッチ」だとラベルに明言していますから、ちょっとネタにしましたけどアレなら非難される事は決して無いだろうと思いましたしね。

      しかも最近、倉吉は販路を広げてきていて少し複雑な気持ちです。最近では福岡近県のデパートや近所の酒屋にもジャパニーズウィスキーの置き場にチラホラ見かけるようになりました。知らずに買う人もまだまだいるのでしょうね。

      値段相応の品質を求めていく側としては、今の現状をネットを通じて発信していく事も大事なのだろうと思います。

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  2. 私も、確かに怪しげな感じは受けますが、嘘もルール違反もないし、筆勢を
    活かした漢字表記など珍しくも無いですし、匿名をいいことに攻撃するのは
    どうかと思います。品質やCPが至らなければ淘汰されて行くでしょう。

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    1. 匿名さん、こんにちは。コメントありがとうございます。

      当初、倉吉の話を調べていくと、不当に悪く言われている印象が強かったので色々と調べてこの記事を書きました。匿名さんも同じように感じられているのかもしれませんね。

      競争によって商品は自然と淘汰されていく筈だ、という意見は私もその通りだと思います。

      ただ、私は消費者に十分な情報が与えられているか否かによって、淘汰された後に残る商品の内容は間違いなく変わるはずだと思っています。

      ですから、ネット上でこういった情報を載せ、色々な人が自分の意見を再構築することは大事だと思います。その結果、ジャパニーズウィスキーというレギュレーションに拘る結果になるのか、味やコスパがよければ良いのか、それはどうなるか分かりません。

      ただ、そういった流れの過程で生じた否定的な意見は、決して攻撃ではなく、あくまで一消費者として商品や企業姿勢、法整備等のシステム対する評価だと御理解いただければと思います。

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  3. 倉吉のバーボン。
    酷いものでした。不味くて高いwww

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    1. はじめまして。返信遅れてすみません。
      不味かったですか。なるほどですねぇ。

      最近の松井酒造関連のウイスキーは飲んでいないので評価出来ないのですが、倉吉の問題は問題として置いといて、日本のクラフトウイスキー蒸留所の一つとして何だかんだ頑張ってほしいとも思ってるんですよね。まぁ、消費者として大事な事はその味と価格なのですけど…w

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  4. 松井隆行という社長。炎上コメントして以降は雲隠れ。表に出て説明しないと業界内の評判も悪いままでしょ。

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    1. こんにちは。
      釈明しても印象が改善される事は無いでしょうから表に出ないのでしょう。

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  5. 倉吉〇〇年、という表記を見つけて何かな?と調べてこのサイトに来ました。
    某大手メーカーでもスコットランドから買い付けて、バッティングというか混ぜて売っている時代もありましたね。色が違うのでそれを隠すためにボトルが黒い、という真偽のほどはわからないものの亡父の若い時代からそんな話がありました。ワインはキッチリ外国産ワインを入れていると表示しますよね。業界規制ではなく、消費者庁あるいは公取が指示すべき時でしょう。

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    1. 匿名さん、こんにちは。
      今現在でも海外産とのヴァッティングは行われている商品は多いようですね。さすがにシングルモルト表記の物は違うようですが。

      幾つかの海外サイトで、日本のウイスキーは海外産のウイスキーも混ざっているという説明があるので、その点を含めてジャパニーズウイスキーだと周知されているという前提で考えてよいと個人的には思っています。

      ただ、倉吉のように自社で生産しているモルトを含まないウイスキー(ラベルは日本製だが中身は丸々スコッチといった物)に関しては消費者に理解出来る形で表示される状況を作るべきだと思います。こういう商品誤認の問題に関しては仰る通り消費者庁や公正取引委員会の範疇でしょう。

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  6. 終戦直後のメチール騒ぎを思い出しました。私はアイラモルトしか舐めませんが、日本には戦中戦後の代用酒の製造販売購入という歴史があり、この件もその流れの中にあるのではないでしょうか。つまり代用ウイスキーということなのでしょうが、その辺は曖昧にして置いた方が宜しい向きもあるのではないでしょうか。

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    1. 匿名さん、こんにちは。
      そうですね、日本では戦後の代用酒の歴史もあります。
      米兵のウイスキーの空瓶を集め、エチルでもメチルでもぶちまけて色を付けて売って稼いでデカくなった、と水俣病で有名なチッソの社長は自伝で述べていたそうですしね。こちらの記事に書いている書籍に出てくる話ですが。
      http://whisky-lover.blogspot.com/2019/09/blog-post.html

      ただ、個人的には倉吉の件は代用酒ウイスキーというよりは「ジャパニーズウイスキーとは何か」という問題だという認識です。

      現在でも言ってみるなら代用ウイスキーのようなものは普通に存在してますよね。自分は代用ウイスキーを認めない訳ではなく、それとしっかりと作った国産ウイスキーとは消費者に分かりやすい形で区別してほしいという話ですね。

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  7. そうとは知らずに今日(2021/10/17)倉吉8年を買って飲んで???って事で調べてここに行き着きました。不味くはないけど8年って感じがしなかった。コスパが悪いと感じて国産だとそんなもんなのかなあと思ったんですがやはり気になって調べてみたら曰くありだったんですね。日本の700mlで1000円以下の安いウイスキーには地雷もありますから少々値が張るのできちんと作っているんだろうと言う思い込みが間違いでした。もっとも200mlのミニボトルだから1500円位のものでしたけど。お試しで止めてよかったです。8年物に嘘がなかったとしてもコスパの悪さは如何ともし難いです。

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    1. 匿名さん、こんにちは。
      コスパに関してはそうですよね。倉吉だけでなく日本の新規蒸留所も自分みたいなコスパ勢には厳しいところです。自分はもう、欲しいボトルやお世話になったお店の記念ボトルでもなければ基本的にはスコッチのオフィシャルメインになってしまいました。
      個人的には来年いっぱいは米国、欧州、中国が同時に不況入りすると考えているので気長に待ってますw

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